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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)990号 判決 1961年11月29日

原告 西井義一

右訴訟代理人弁護士 狩野一朗

被告 太田捨次郎

被告 山本政次郎

右両名訴訟代理人弁護士 古野周蔵

右訴訟復代理人弁護士 陶山三郎

同 赤木文生

主文

原告に対し、被告太田は別紙第一目録記載の宅地上の別紙第二目録記載(一)の建物を収去してその宅地を、被告山本は右第一目録記載の宅地上の別紙第二目録記載(二)の建物を収去してその宅地を明渡せ。

原告に対し、被告太田は八坪につき、被告山本は六坪につき、それぞれ昭和三三年四月五日から同年末日まで一坪につき月金四九二円の割合による金員を、昭和三四年一月一日から同年末日まで一坪につき月金五八五円の割合による金員を、昭和三五年一月一日から同年末日まで一坪につき月金八四七円の割合による金員を、昭和三六年一月一日から右明渡済まで一坪につき月金九九〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

この判決は原告において第二項に限り被告太田に対しては、金一〇〇、〇〇〇円を、被告山本に対しては金六〇、〇〇〇円を担保に供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の事実中、本件宅地は原告の所有であること、本件(イ)の建物は被告太田の所有であること、本件(二)の建物は被告山本の所有であること、被告両名は所有する本件各建物で本件宅地を占有していることは当事者間に争いがない。

そこで、被告等が本件にあつては原告の長期間の所有権の不行使により、妨害排除請求権は所有権の自壊作用によつてもはやこれを行使できなくなつたと主張するのでこの点につき審按するに原告並に被告両名の各本人尋問の結果によれば、原告は、本件宅地上の建物が戦災で焼失して以来、原告の住所と本件宅地とが相当離れていたし、都市区画整理により道路の敷地に編入されると聞き、本件宅地の不法占有者に対する事情を特に調べなかつたこと、被告両名は、昭和二四年頃訴外京阪物産こと秋山九左衛門からそれぞれ本件各(一)、(二)の建物を買受けて、被告太田はパン小売業を、被告山本は八百屋業を営むようになつたこと、被告両名は市役所へ行つて本件宅地の所有者を探したが、探し当てることができず、本訴の提起により原告が所有者であることを知つたものであることが認められ、また被告両名が本件宅地の占有を始めてから原告が本訴を提起するまでには約九年余りの日時が経過しており、その間に原告は被告両名に対し何らの措置をも採らなかつたことが認められる。

いつたい、所有権は債権における相対権と対比すると、絶対権であつてこれを行使するかしないかは自らその所有権者に任意に委せられているものであり、且つ、その所有すること自体により権利が顕現されているものであるから、これが何時までも消滅時効にかかる余地はない。而して所有権にもとずく妨害排除請求権、妨害予防請求権、所有物返還請求権を主体として(これは所有権から派生する物上請求権であるが)の請求権も所有の状態が続くかぎり何時いかなる場所においても本体たる所有権にもとずき行使しうるものであり所有権が消滅時効にかからない以上この派生権も消滅時効にかからないことは当然のことである。即ち、ただ民法は権利の行使は信義誠実にこれをなすこと及び権利の濫用はこれを許さない(民法第一条二、三項)という大原則を掲げているが、これは我々が社会生活をなしている以上当然のことなのであつて通常の場合これらの原則を守ることが即ち、公共の福祉に遵つていることなのである。所有するということが法の規整する範囲にある限り、又は法に牴触しない限り社会共同生活の全体の一翼を担つていることなのであり、これが通常の場合、私権の行使あるいは、その内容と一致していることなのである。そうであるからこの状態が継続することは、即ち権利そのものが顕現していることなのであるから、その権利者(例へば所有者)がたとい遠方に在住していようともあるいは特に積極的に所有権の行使を顕現しなくても、社会生活上、公共の福祉に何等違反乃至は牴触しない。

したがつてこの状態が存続している限り絶対権たる所有権は消滅時効にかからないと解するのが正当な見解といわなければならぬ。

所有権自体は消滅時効にかからぬが、派生権たる物上請求権は消滅時効にしたしむとの説があるが、これによれば所有は観念上存在するが占有者に対し返還請求もなし得ず又侵害者があつても妨害排除もなし得ないということになりまことに空虚な権利を認めることになつて却つて社会公共の生活上乃至は取引上不明瞭な状態を認めることになりひいては権利の混乱状態を認めるに至るからこの見解は不当なこと明らかであろう。

被告等は権利の自壊の原則が妥当するとして最高裁判所判決(最高裁昭和三〇年一月二二日判決)を示すがこれは契約の解除権の行使が「もはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後これを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合にはこれを許さないと解するが相当とする」ものであつて前段認定のような事実の場合には右判決例は適切でない。

そうすると右にのべたように被告等の時効の主張は何れも認容する限りでなく又前段認定の事実によれば、原告は何れ土地区画整理になるやもしれぬと予測しながら特にその占有者たる被告等の氏名も明らかに調べず約九年の月日を経過したにとどまるのであるから、他に特段の事情なき本件にあつては原告の本件妨害排除の請求が信義則に反するとも認められない。従つて被告等の主張を認めることはできない。

そこで鑑定人中村忠の鑑定の結果によれば、本件宅地の一ヶ月一坪当りの賃料は、昭和三三年度は金四九二円、同三四年度は金五八五円、同三五年度は金八四七円、同三六年度は金九九〇円とするのが相当と認められるから、原告は被告両名の不法占有により一坪につき、一ヶ月、右認定した賃料の割合に相当する金額の損害を蒙つていることが認められる。

よつて、原告の、被告太田に対する本件宅地上の本件の建物を収去してその宅地を、被告山本に対する本件宅地上の本件(二)の建物を収去してその宅地を明渡し及び、被告太田に対しては八坪につき、被告山本に対しては六坪につき、訴状送達の日の翌日である同三三年四月五日から同年末日まで一坪につき月金四九二円の割合、同三四年一月一日から同年末日まで一坪につき月金五八五円の割合、同三五年一月一日から同年末日まで一坪につき月金八四七円の割合、同三六年一月一日から各右明渡済まで一坪につき月金九九〇円の割合による損害金の支払いを求める本訴請求は正当と認められるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条により且つ、仮執行の宣言の申立中、金銭の給付を求める部分につきこれを正当とし同法第一九六条を適用し、宅地明渡を求める部分は本件においては相当でないからこれを却下することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 松本保三)

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